あきらめない事の本当の意味を知るのは案外と難しい。
あきらめる事で失ったものが目に見えればおそらくは分かりやすいのだろう。

しかし、試験を直前に控えてそんな悠長な事を言ってもいられない。

私自身がこれを繰り返す以外にその大事さを伝える術を持つわけでもない。

しかし、今日になって急に一つの出来事を思い出した。

私があきらめずに手に入れたもの。

試験を明日に控えて今日はそんな話をぜひ聞いてもらいたい。



税理士試験のある税法科目での話。

学習の出来不出来にかかわらず、誰しもこれはという理論をいくつかは試験場に持ち込む事だろう。

私も例にもれず、ある科目の試験でいくつかの理論を完璧といえるまでに仕上げていた。

その中にランクは低いが自分では非常に得意な論点があった。

それまでの全体的な学習の出来は中の上といったところだろうか。

何でも来いという学習は出来ていなかった分、得意な理論が出ないかとの淡い期待を持っていた。

思えばそれが間違いだったかもしれない。

試験が始まり、問題をみると何と私が用意した論点が第一問で出題されているではないか。

私はしめたとばかりに合格を予感しつつ解答を書き始めた。

解答用紙は白紙のものが4枚だったと記憶している。

1枚目の用紙の3分の2ほど書き出した頃に何かが引っかかった。

これまでの試験で自分の予想がズバリ的中した事はない。

何かおかしいのではないか。

そう思い直して、もう一度眺めた問題の文章に衝撃を受けた。

違う。

問われている論点は確かに同じなのだが、解答すべき内容がまるで違う。

それなのに喜々として自分が用意した解答を長々と書いていたのだ。

間違いに気付いた私は、一瞬で頭が真っ白になった。

昔、観光で訪れた地の洞窟内の道を踏み外して、文字どおり奈落の底に落ちた事をなぜか思い出していた。



やや落ち着きを取り戻した頃には、すでに開始から30分近くを経過していた。

あきらめようか。

そう思いかけたが気を取り直し、大きく深呼吸をした私は一枚目の用紙に大きくバツをした。

3分の1ほど残った一枚目をめくると二枚目から第一問の解答を書き始めた。

税理士試験で後にも先にも用紙全体にバツをしたのはこのときだけである。

残された時間は1時間半強。

もともとボリュームの多い税法だったため全部は終わらない。

咄嗟に理論をかなり省略し、計算も迷ったらスグに飛ばすそんなスタイルに切り替えた。

とりあえずひととおり解き終えたと同時に試験が終った。

まったく自信などない。

一切迷うことなく解答したのは税理士試験ではこれが最初で最後だった。

自己採点をする事もできない。

もちろん合格しているなどとも思ってはいなかった。

しかし、ふたを開けてみるとその科目は奇跡的にも合格していた。



間違える事自体はやむを得ない。

そもそも間違えない人などいないだろう。

失敗の多くはその事自体が取り返しのつかない失点に繋がる事もない。

それが取り返しのつかないと感じでしまうかなのだ。

取り返しのつかない事などない。

ならば絶対にあきらめてはいけない。

そう教えてくれたのは自身の経験というよりは、むしろ人生の先輩たちである。

そうである以上、私にも義務がある。

もしかするとすごく泥臭いことなのかもしれない。

しかあし、泥臭いことなど関係がない。

何度でも言おう。

決してあきらめてはいけない。

どんな事があってもあきらめてはいけない。

合格はその先にのみあるのだから。