包括利益を表示する目的は、期中に認識された取引及び経済的事象(a資本取引を除く)により生じた純資産の変動額を報告することである。包括利益の表示によって提供される情報は、投資家等の財務諸表利用者が企業( ア )の事業活動について検討するのに役立つことが期待されるとともに、貸借対照表との連携(純資産と包括利益とのbクリーン・サープラス関係)を明示することを通じて、財務諸表の( イ )と( ウ )を高め、また国際的な会計基準とのコンバージェンスにも資するものと考えられる。


1 空欄に該当する語句を答えなさい。

2 近年、財務報告における利益を一定期間における収益と費用の差額とする会計観(収益費用アプローチ)から一定期間の期首財産と期末財産の差額とする会計観(資産負債アプローチ)への移行がみられるといわれています。これまでわが国の財務報告では、収益費用アプローチに基づく利益が表示されていましたが、資産負債アプローチに基づく利益は表示されていませんでした。
(1)資産負債アプローチのもとでの利益である包括利益を下線部aの資本取引の語を使って定義しなさい。
(2)包括利益を表示する包括利益計算書における包括利益の算出方法は上記の包括利益の定義とは異なっています。個別財務諸表を前提として包括利益計算書における包括利益の算出方法を示し、あわせて上記の包括利益の定義とは異なる理由を説明しなさい。
(3)包括利益として計上されたものをふたたび純利益とし、その他の包括利益から同額を減額することをリサイクリングといいます。このリサイクリングが必要な理由を上記の会計観と関連付けて説明しなさい。

3 下線部bのクリーン・サープラス関係とは、ある期間における資本の増減(資本取引による増減を除く。)が当該期間の利益と等しくなる関係をいいます。
(1)わが国における現行の個別財務諸表で成立しているクリーン・サープラス関係とは何か説明しなさい。
(2)(1)のほか現行の連結財務諸表で成立しているクリーン・サープラス関係について説明しなさい。
(3)上記(2)の関係が重視される理由について説明しなさい。

4 包括利益計算書の方式には1計算書方式と2計算書方式があります。それぞれの方式による計算書の名称を示すとともにそれぞれの利点について簡潔に説明しなさい。

【解答欄】

ア      イ      ウ      


(1)


(2)


(3)



(1)

(2)

(3)






ア 全体 イ 理解可能性 ウ 比較可能性


(1)包括利益とはある企業の特定期間の財務諸表において認識された純資産の変動額のうち資本取引によらない部分をいう。
(2)当期純利益にその他の包括利益の内訳項目を加減して表示する。このような表示は定義とは異なるが、重要な利益である当期純利益をともに示し、有用と考えられる。
(3)リサイクリングは収益費用アプローチにおける利益である純利益を財務諸表に表示するために必要である。


(1)ある期間における株主資本の増減(資本取引による増減を除く。)が純利益に一致する関係
(2)ある期間における純資産の増減(資本取引による増減を除く。)が包括利益に一致する関係
(3)財務諸表の理解可能性と比較可能性を高めることができる。



1計算書方式での名称は、損益及び包括利益計算書である。一計算書方式は、一覧性、明瞭性、理解可能性当に優れている。
2計算書方式での名称は、損益計算書と包括利益計算書である。二計算書方式によれば当期純利益と包括利益とが明確に区別される。




【解説】
1 包括利益の表示に関する会計基準第21項参照

これまでわが国の財務報告では、包括利益が表示されていませんでした。
新たに純資産の変動額である包括利益の表示を定めたのが包括利益の表示に関する会計基準です。
包括利益基準の導入により、純利益と包括利益という二つの利益が財務諸表に表示されることになります。
なお、現状で実施されているのは連結財務諸表に関してであり、個別財務諸表については、実施されていません(理論の出題として個別を意識しなくてよい訳ではありません。理論ではいずれも出題可能性があります。)。

包括利益はいわば未実現(リスクから解放されていない)利益です。
典型は、その他有価証券評価差額金でしょう。
その他有価証券評価差額金は必ずしも企業業績を示すものとはいえません。
しかし、その金額が大きければ事後の売却による利益およびキャッシュ・フローの獲得が期待できます。
業績そのものに関係するとはいえないものの企業全体の事業活動を検討する際の参考にはなるでしょう。

また、財務諸表間の相互関係が今よりもクリアになります。
現在の損益計算書の最終値である当期純利益は、株主資本の変動額と結びついています。
純資産を株主資本と株主資本以外に区別する考え方は、決してわかりやすいものとはいえないでしょう。
包括利益を表示することにより、包括利益と純資産の関係が財務諸表で明示されることは、フロー(損益計算書等)とストック(貸借対照表)の関係が以前よりもクリアになっているといってよさそうです。

財務諸表間の連携を考える場合に意味を持つのがクリーン・サープラス関係です。
クリーン・サープラス関係とは、資本の変動額が利益と一致する関係をいいます。
サープラスは剰余金(会社法上の剰余金という意味ではありません)といった意味です。
フローの計算書である損益計算書等の利益が貸借対照表の貸方にきちんと反映している関係がクリーン・サープラス関係です。
損益計算書等に計上されていない項目がいきなり貸借対照表の貸方にあらわれる。
こんなとき汚い剰余金といった意味でダーティー・サープラスなどと呼ばれます。

包括利益基準で定義しているクリーン・サープラス関係はややぼんやりとした表現になっています。
資本の増減が利益に一致する関係です。
包括利益基準が導入される以前の連結や現行の個別では、株主資本の増減が純利益と一致する関係が成立していました。
包括利益基準の導入により純資産の増減と包括利益が一致する関係が成立しています。

(1)資本の増減=利益(ぼんやりした関係)

(2)株主資本の増減=純利益(包括利益基準導入前)

(3)純資産の増減=包括利益(包括利益基準導入後、(2)も)


念のため会計基準の推移と上記(2)と(3)の関係を考えておきましょう。


<金融商品会計基準導入前>(2)が成立

<金融商品会計基準導入後、純資産基準導入前>いずれも成立せず

<純資産基準導入後、包括利益基準導入前>(2)が成立

<包括利益基準導入後>(2)と(3)が成立



2・3
これまでの収益−費用で利益を算出する会計観は、収益費用アプローチ(収益費用中心観)と呼ばれます。
ここでの利益は、業績指標となり得る純利益(損益計算書上は当期純利益)です。
これに対して、資産と負債を先に確定し、その差額としての純資産の変動額により利益を算出する会計観は資産負債アプローチと呼ばれます。
資産負債アプローチのもとでの利益が包括利益です。

収益費用アプローチは、いわば「年収」アプローチです。
その人(企業)にどれだけ儲ける力があるのかを課題にしています。
これに対して資産負債アプローチは「金持ち」アプローチです。
その人がどれだけ財産を持っているのかが課題です。
どれだけ豊かであるのかが大事なのです。

資産負債アプローチのもとでの利益が包括利益です。
収益費用アプローチのもとでの利益が純利益です。
包括利益基準のもとではこの両者が表示されます。
そこで課題となり得るのがリサイクリングです。

リサイクリングは、過去の包括利益をふたたび別の利益である純利益として計上することをいいます。
包括利益の計算は、純利益にその他の包括利益を調整する形をとっていますので、同額はその他の包括利益から減額する必要があります。

リサイクリングを行なわなければ純利益を表示することはできません。
純利益はこれまでも業績指標となる利益として指示されてきました。
その業績指標利益としての純利益を表示するためにはリサイクリングが不可欠です。

一方でリサイクリングに対しての問題も指摘されています。
たとえば含み益のあるその他有価証券を売却することによって純利益を操作することが可能です。
つまり、純利益はいじれる利益なのです。
純利益には利益操作の余地があります。




包括利益の表示方法には、一計算書方式と二計算書方式があります。
一計算書方式では、損益及び包括利益計算書、二計算書方式は、損益計算書と包括利益計算書を作成します。