たやすく「奇跡」などという言葉を本のタイトルにすべきではない。

奇跡などそう起きるものではないからだ。

言えば言うほど安くなってしまう。


しかし、起きた。


品種改良により現在では農薬も肥料もなしにリンゴを作ることは不可能に近いと言われている。

特にリンゴ農家の間でそれは「常識」といってもよい。

その常識を破った男の物語。

それが本書「奇跡のリンゴ」である。

不覚にも何度が落涙しそうになった。

表紙にもなっている木村の笑顔。

そのなんとも言えぬ笑顔と奇跡をなす過程のギャップにはただ驚かされる。

そんな感動の物語を紹介しようと思ったのも意外にも木村が簿記の資格を持っていた事を知ったからだ。

「簿記の資格とって、ソロバンで喰っていこうと思ってたからよ、コンピュータがどんなことするか見ていたの。IBMのコンピュータでな、パンチカードをリーダーマシンに入れて操作する昔のコンピュータだ。それでな、一カ月もしないで気づいたことがある。これは過去のデータを利用する機械に過ぎないんじゃないかと思ったの。どんな高性能のコンピュータだってさ、データを入れないと使えないのな。データっていうのは過去だ。過去のデータをどれだけ集めて計算したって、新しいものは生まれてこない。未来は開けない。コンピュータというのはさ、私に言わせればだだの玩具なんだよ。」


なんとも哲学的ではないか。

リンゴ農家にとって実を実らすことのない無農薬リンゴへの執着は喜劇を通りこして悲劇でさえあった。

収穫のない年は6年続く。

それはやがて木村自身を追い詰めていく。

無農薬のリンゴに賭け、そして貧窮にあえぎ、しかし戻ることのできぬ木村はいったんは死を選ぼうとする。

死を覚悟した男の言葉には言い知れぬ迫力がある。

木村の出演したテレビ番組を見て死を思いとどまったという視聴者が直接訪ねてきたときの話である。

「……うん、とにかく思い直して良かったねえと言ったかな。それから、バカになればいいんだよと言いました。バカになるって、やってみればわかると思うけど、そんなに簡単なことではないんだよ。だけどさ、死ぬくらいなら、その前に一回はバカになってみたらいい。同じことを考えた先輩として、ひとつだけわかったことがある。ひとつのものに狂えば、いつか必ず答えに巡り合うことができるんだよ、とな」


死地を探し、森をさまよい歩いたあげくに木村が見たものは、りんごの木の群生だった。

いや、実際にはどんぐりの木の群生だったにすぎない。

しかし、死を目前にした木村は、農薬などない自然の森の中に力強く根を張り、ゆうぜんと佇むどんぐりに「奇跡のリンゴ」を見たのだ。

「リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。周りの自然の中で、生かされている生き物なわけだ。人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、自分独りで生きていると思っている。そしていつの間にか、自分が栽培している作物も、そういうもんだと思い込むようになったんだな。農薬を使うことのいちばんの問題は、ほんとうはそこのところにあるんだよ。」


奇跡を起こしたといっても過言ではない木村の言葉は本当に力強く、そして温かい。

しかし、その温かい言葉を底なしの笑顔とともに吐けるようになるまでに無農薬リンゴを試し続けて実に9年という歳月が流れていた。

「人間に出来ることなんて、そんなたいしたことじゃないんだよ。みんなは、木村はよく頑張ったって言うけどさ、私じゃない、リンゴの木が頑張ったんだよ。これは謙遜なんかではないよ。本気でそう思ってるの。だってさ、人間はどんなに頑張っても自分ではリンゴの花のひとつも咲かせることができないんだよ。手の先にだって、足の先にだって、リンゴの花は咲かせられないのよ。そんなことは当たり前だって思うかもしれない。そう思う人は、そのことの本当の意味がわかっていないのな。畑を埋め尽くした満開の花を見て、私はつくづくそのことを思い知ったの。この花を咲かせたのは私ではない。リンゴの木なんだとな。主人公は人間じゃなくてリンゴの木なんだってことが、骨身に染みてわかった。それがわからなかったんだよ。自分がリンゴを作っていると思いこんでいたの。自分がリンゴの木を管理しているんだとな。私に出来ることは、リンゴの木の手伝いでしかないんだよ。失敗に失敗を重ねて、ようやくそのことがわかった。それがわかるまで、ほんとうに長い時間がかかったな」


人はリンゴの花一つをも咲かせることができない。

そのことがわかるまで長い時間がかかった。

それは長い長い時間だった。