会社法上、分配可能額は、会計処理とは必ずしもリンクしない金額的ハードルに過ぎません。
これに対して剰余金(その他資本剰余金とその他利益剰余金)の額は、会計処理の結果もたらされるという側面があります。
この点を捉えると繰越利益剰余金やその他資本剰余金を準備金の計上額だけマイナスにするのはおかしいとの考えもあるでしょう。
もちろんそのような配当政策を経営者としてとるべきではないというのも一つの考えです。
また、本来はマイナスが想定しにくい勘定をマイナスにしてまで配当するのはいかがなものかという考え方も大いに頷けます。
剰余金の配当のあるべき姿を語るならばこれらの考え方を考慮する必要はあるかもしれません。
しかし、会社法上、それが許される行為なのか否かは会社法のみをもって語られるべきでしょう。
剰余金の配当そのものが会社法上の行為である以上、剰余金の配当も会社法のみをもって律せられるべきです。
剰余金の配当に関して会計が登場するのは、剰余金の配当が行われた後の会計処理だけではないでしょうか。

分配規制では、会社法の規定は絶対的な意味を持ちますが、その後に行われる会計処理は会計にゆだねているという側面があります。
会社法の許容する範囲(分配可能額)で剰余金の配当を行った。
その結果、その他資本剰余金やその他利益剰余金がマイナスになった。
そのこと自体は、どうでもよい。
会社法の態度は、誤解をおそれずにいえばそんなところではないでしょうか。
その会計処理は、会計の側で考えるべきでしょう。
剰余金の配当という会社法上の行為の限度額を会計の側で律することはできません。
また、その必要もないのではないでしょうか。

同様の問題は、その他利益剰余金内部においても生じ得ます。
その他利益剰余金を細分(別途積立金等と繰越利益剰余金)している場合です。

この点を「解説」では、次のように説明しています。
「実務上は、その他利益剰余金の内訳をさらに細分し、任意積立金(別途積立金その他の名称が付された科目)を計上している場合があり、通常、それについては、剰余金の配当の原資には充てないものとする取扱いがされている。そして、任意積立金以外の部分、すなわち「繰越利益剰余金」が、配当しようとする額に不足している場合には、任意積立金の取崩し……によって、剰余金の配当を行うという場合がある。
しかし、このような行為は、分配可能額の変動とは関係のない行為である点に留意する必要がある。分配可能額の算定における剰余金の取扱いに係る規律は、剰余金全体の額のみを問題とするものであり、その他利益剰余金につき細分された各項目の額については、一切規制を加えるものではないからである。」

会社法では、分配可能額こそが剰余金の配当等に課せられた唯一の金額的ハードルです。
その結果として行う会計処理は、会社法の関心外にある。
分配可能額の全部を配当すれば、準備金の計上により、その他資本剰余金やその他利益剰余金(繰越利益剰余金)がマイナス(借方残)になることはあり得ます。
その場合にいかなる会計処理を行うかは、企業会計の問題でしょう。
企業会計が顔を見せるのは、剰余金の配当を行った後の会計処理であり、それ以前の金額の決定については、会社法の規定に服するのみというべきでしょう。

分配可能額と剰余金の配当(8)