「包括利益の表示に関する会計基準」が公表されて、包括利益の出題がそろそろ視野に入ってきました(てか、今年もだったか)。

制度として生きているのは「連結」です。

「個別」にも規定はありますが、適用されません。

ただ、その理解は必要でしょう。

簿記講師=暮木孝司らしく、簿記の手続を踏まえて、包括利益と純利益の関係を考えてみました。

定義面からのアプローチについては、こちらの記事をご参照ください。

しんどかったらゆっくりとお願いします。

包括利益と純利益

包括利益をはじめて取り上げたとき、とても分かりにくい(伝わりにくい)との印象を持ちました。

その理由はたぶん「包括利益」ではなく、「利益」そのものにあります。

「包括利益」が分かりにくいのではなく、本当は「利益」そのものが分かりにくいハズなんです。



ちょっと商品販売の例でその意味を考えてみましょう。

100円の現金を用意して、同額の商品を仕入れる。

その商品を120円で販売する。

利益は20円です。

ただし、実際に20円という数字が取引の過程で存在するわけではありません。

最初に用意した現金は100円。

商品を販売することで手にした現金は120円です。

手にした現金120円から、あえて100円を引かない限り20円は出てきません。

20円という具体的な数字などどこにもないのです。

利益の難しさは、具体性がなく、あくまでも計算上の抽象的な概念である点にあります。



それでも利益は確かに20円です。

100円で買ったものを120円で売ったなら利益(もうけ)は20円。

このような収益(収入)と費用(支出)で利益を算出することにそれほど大きな抵抗はないでしょう。

ただ、もしかするとそれはただの「慣れ」なのかもしれません。

利益を収益と費用の差額で算出する。

そのことにどれだけの意味を感じるられるかはともかく、私たちは「ある利益」をすでに知っています。

そう、それが「純利益」です。

ここでは、その利益のことを本当に知っているかはとても疑問で、知っているのはただの算出方法ではないかという点を指摘しておきましょう(もちろん私も含めて)。

しかし、その事におそらく、包括利益(ないしその他の包括利益)を紐解くカギが潜んでいるだろう事も同時に指摘できるかもしれません。



さてさて、利益って、案外とムズいんじゃね、という話はこのくらいにして、私たちが既に知っている利益(純利益)が、簿記上どのように処理されたかに話を変えましょう。

今、商品販売ではなく(商品販売だとちょっと長くなるので)、売買目的有価証券の評価を例に考えてみましょう。

売買目的有価証券を100円で購入し、期末の時価が120円のケースです。


購入:(借)有価証券100 (貸)現金預金100

期末:(借)有価証券 20 (貸)有価証券評価益20



購入が期中仕訳、期末とあるのが決算整理です。

仮に当期中の取引がこれだけだとすると決算でもう少し手続がありました。

そう、損益振替と資本振替です。


損益振替:(借)有価証券評価益20 (貸)損     益 20

資本振替:(借)損     益20 (貸)繰越利益剰余金 20



1行目の損益振替は、損益勘定上で損益を算出するための形式的な仕訳です。

2行目の資本振替がくせもので、損益勘定上で算出された利益(フロー)を繰越利益剰余金(ストック)に振り替える仕訳です。


期末評価以後の仕訳を3つ並べてみましょう。


期   末:(借)有価証券   20 (貸)有価証券評価益 20

損益振替:(借)有価証券評価益20 (貸)損     益 20

資本振替:(借)損     益20 (貸)繰越利益剰余金 20




大胆に貸借が同じ項目を相殺してみます。

(借)有価証券20 (貸)繰越利益剰余金20



結果としては、有価証券という資産が増え、同額の純資産(資本)が増えただけです。

ただ、それだと何で純資産(資本)が増えたかの理由が分かりません。

そこで、期中は収益(有価証券評価益)の勘定科目を利用するわけです。

そんでもっていったん損益勘定に各科目を集めれば、純利益の内訳(発生原因)である収益と費用が個別にわかるという寸法です。

いや、簿記って素晴らしいですね。

はい。


思いもよらず、超大作化しつつありますが、仮に次の期も売買目的有価証券を持ち続け、次の期末の時価が150円だったケースを考えておきましょう(切放法)。


期  末:(借)有価証券   30 (貸)有価証券評価益30

損益振替:(借)有価証券評価益30 (貸)損     益30

資本振替:(借)損     益30 (貸)繰越利益剰余金30



同じく仮に相殺してまとめれば、次のとおりです。


(借)有価証券30 (貸)繰越利益剰余金30



余りに長くなっていますので、整理しておきましょう。

売買有価証券を100円で購入⇒<第1期>120円⇒<第2期>150円と時価が推移


第1期:(借)有価証券20 (貸)繰越利益剰余金20

第2期:(借)有価証券30 (貸)繰越利益剰余金30



この2つの仕訳から知ることができるのは、売買目的有価証券の時価が2期で50円あがって、同額の純資産(資本)が増えている点です。



次に現状でのその他有価証券の取扱いをみておきましょう。

事例は上記と全く同じです(100円で購入⇒120円⇒150円と時価が推移)。


(第1期)
購入:(借)投資有価証券100 (貸)現金預金100

決算:(借)投資有価証券 20 (貸)その他有価証券評価差額金20



決算での処理は、純資産直入法と呼ばれます。

売買目的有価証券については、いったん有価証券評価益(収益)として、それを損益勘定に振替え、さらに損益勘定を繰越利益剰余金に振り替える手続をとります。

いったん収益というフロー科目をたてて、その後、最終的に純資産(資本)が増えています。

これに対してその他有価証券評価差額金は、そのような手続を経ることなく、いきなりダイレクトに純資産の項目を増やす。

だから純資産直入法と呼ばれるわけです。


続けて第2期もみておきましょう。

面倒なのがその他有価証券については、洗替が前提になっている点です。


期首:(借)その他有価証券評価差額金20 (貸)投資有価証券20

決算:(借)投資有価証券 50 (貸)その他有価証券評価差額金50



これも、貸借を相殺しておきましょう。

(借)投資有価証券30 (貸)その他有価証券評価差額金30



第1期と第2期をまとめると次のとおりです。


第1期:(借)投資有価証券20 (貸)その他有価証券評価差額金20

第2期:(借)投資有価証券30 (貸)その他有価証券評価差額金30



こうまとめると、売買目的有価証券のケースと科目が変っているだけだと気づきます。

そもそもが有価証券の購入金額と時価変動が同じですから、当然と言えば当然です。

借方は当然に違うとして、貸方はいずれも純資産です。

借方の表示が単なる形式の違いとすれば、実質的にも、簿記処理としても大きく食い違っているのは貸方でしょう。



このその他有価証券の例で各期の「包括利益」を考えておきましょう。

包括利益は純資産の変動額です。

私たちがよく知る純利益とは異なるもう一つの利益です。

損益法的な利益が純利益であるのに対して、期首と期末の純資産の比較で計算する財産法的な利益といえるでしょうか。

あるいは資産負債アプローチ(資産負債中心観)的な利益というべきでしょうか。

包括利益と純利益は次のような関係にあります。


純利益+その他の包括利益=包括利益


純利益にその他包括利益を加えたものが包括利益です。

その他の包括利益の典型がその他有価証券評価差額金(の純額の増減額)です。

その他有価証券評価差額金は、時価評価したけど純利益になっていない項目で、いわば未実現の評価益ですから、純利益に未実現の利益を加えたものが包括利益とざっくりはいえるでしょうか。


先の事例(100⇒120⇒150)を利用しましょう。

純利益との関係を考えるため各期において商品販売による利益がこの他に100円あるとします。

会計処理そのものは従来と同様です。

各期の純利益、その他の包括利益、包括利益、その他の包括利益累計額は次のとおりです。

関係性は、純利益+その他の包括利益=包括利益です。

その他の包括利益については、その内訳を示すことになっていて、その他有価証券の時価評価差額については「その他有価証券評価差額金」(これはフローです)とします。

貸借対照表におけるこれまでの評価換算差額等に代えて、その他の包括利益累計額と表示されます。

このその他の包括利益累計額に「その他有価証券評価差額金」(これはストックです)が表示されます。

第1期
<損益及び包括利益計算書>
 純利益        100円
 その他の包括利益    20円(その他有価証券評価差額金の変動額)
 包括利益       120円
<貸借対照表>
 その他の包括利益累計額 20円(その他有価証券評価差額金の残高)

第2期
<損益及び包括利益計算書>
 純利益        100円
 その他の包括利益    30円(その他有価証券評価差額金の変動額)
 包括利益       130円
<貸借対照表>
 その他の包括利益累計額 50円(その他有価証券評価差額金の残高)


ちょっとややこしいのが「その他の包括利益」(フロー)として、「その他有価証券評価差額金」という呼称を使用している点でしょう。

第2期において「その他有価証券評価差額金の残高」(ストック)は50円になりますが、これについては、貸借対照表に「その他の包括利益累計額」として表示されます。

ここの表示も「その他有価証券評価差額金」です。

勘定科目としては「その他有価証券評価差額金」に大活躍をさせてしまっています。

イメージとしては、株主資本等変動計算書の残高(ストック)と当期変動額(フロー)と同じです。

このままでは勘定科目の残高と財務諸表との関連性はありません。

簿記的には、勘定科目として何らかのフローの集合勘定のようなものを設けるのも一つの考えかもしれません。

理解ないしは実践の便があれば、新たな勘定科目の使用も模索されるべきなのかもしれません。

もっともその他有価証券の時価評価差額の把握が財務諸表の表示以外に重要だとすれば、それは個別銘柄の管理上の話であって、すぐに簿記処理とリンクさせるべきかは即断できません(やや消極。

簿記処理の話につなげたかったのですが、妙案もなく、このままリサイクリングの話に突入するわけにもいかず、ちょっとややこしく混乱しがちなその他の包括利益のお話はひとまずここで終わりにします。

もう少しましなことが書けるようになったら追記したいと思います。


中途半端なお話にお付き合いいただき、有難うございました。