受験時代に行っていた工夫は、さほど多くはありません。
なにしろ、とにかく問題を解いていた感じでした。

学習計画のようなものを立てたこともありません。
というか計画をたててもほとんど実行ができないからです(えへへ。←照れてもダメ)
計画が似合わない(無計画)ってことなんでしょうか。

これは、受験にかぎったことでもないような、ないような(←結局、ないのね)。
ただ、計画を上手にたてられる方は、大いに活用すべきでしょう。
性格にもよるのでしょうが、有効に活用できそうなものは、積極的に取り入れるのがよいのではないでしょうか。

工夫と呼べるものがあったとしても講師の話を聞いたり、回りの受験生を見ながらといった程度です。

他人の行っている工夫をそのままの形で受け入れても、必ずしもうまくいくとは限りません。
計画をたてるかどうか、一つとってもみてもそのことは明らかでしょう。
普段の学習や問題を解く際の工夫も、すでにあるものに少しずつ改良を加えていく。
そんなことの積み重ねで自分なりのスタイルができあがっていくのではないかと思います。
理解の仕方や問題の解き方に絶対はありません。
ある理解の仕方や問題の解き方のみに固執した瞬間に進歩は止まるというべきなのかもしれません。

学習上はあらかじめ出来上がった図や表というのをあまり信用していませんでした。
これは今でもそうで、このブログにもその傾向はあらわれていると思います。
世の中がビジュアル化していく逆をいっている感もなくはありません(←あるのね)。

社債の問題なんかを解く際も図は書きませんでした。
書いたりしていた時期もあったような気がしますが。
結局は、状況をきちんと把握することが大事なのであって、図を書くことが大事なのではありません。

もっとも、図や表を軽視していた訳ではありません。
入口の段階では極めて重要だとも思っています。
出来上がったキレイな図や表をみてなんとなくわかった気になってしまう。
そんなことを信用していないといった感じだったのかもしれません。
今でも、小さな図や表(的なもの)を自分で書くことは頻繁です。

算式もあまり信用していませんでした。
簿記で数式をたててそれを解いて答えを導くなんて出題がありますが、出題すること自体どうなんだろう?といつも思っています。
それって、簿記?
簿記って何だといつも思ってます。

今後、ますます、割引現在価値の考え方が重要になっていくでしょう。
ある程度はなんだか数学(算数?)のような出題もやむを得ないのかもしれません。
しかし、一体、何が行われているのか。
そして、シンプルな簿記の仕組みが理解されていさえすれば、簿記はそれほど難しいものではありません。
難しいものではないのですよ(たぶん。きっと。いや、確か、か?)。


私の合格体験記(8)